昭和後期

天然ガス時代の幕あけ

天然ガスとは、地面の中から自然にとれるガスという意味です。よく燃えるうえに、煙や灰も出ないので、石炭や石油にかわるエネルギーとして注目されるようになりました。天然ガスは、LNGの技術開発や、じょうぶなパイプラインの完成などによって、しだいに身近なエネルギーになってきました。

このクリーンなエネルギーを多くの人々が使えるようにするには、大きな仕事をなしとげる必要がありました。天然ガスがとれる場所から、都市までを長いパイプラインで結び、そのパイプラインを通して天然ガスを運びいれなければなりません。

1961(昭和36)年、帝国石油(今の国際石油開発帝石)は、天然ガスがとれる日本海側の新潟県から大平洋側の東京を結ぶパイプラインをつくる大きな工事を始めました。約330kmにもわたる長い道のりに、太くて安全なパイプをとおすことは、とても根気のいるしごとでした。次の年にようやく完成し、新潟でとれた天然ガスは、パイプライン沿線の町に届けられるようになりました。

LNGとは:天然ガスを-162℃まで冷やして液体にしたものです。液体にするとき、硫黄分や一酸化炭素などの余分なものが取りのぞかれるため、とてもきれいなエネルギーができあがります。天然ガスの魅力は、こうした技術の開発や時代の変化とともに、人々から見直されるようになったのです。

石油危機と天然ガス

1973(昭和48)年、第4次中東戦争が始まりました。この戦争が、第1次オイルショックのひきがねとなります。原油がとれる中東の国は、原油の値段を一方的に引き上げました。

原油の値段が高くなったことで、石油のかわりになるエネルギーが強く求められるようになりました。そこで浮かびあがったのが、LNGでした。LNGの輸入先は東南アジアが中心なので、中東だけにたよることなく、安定して供給することができます。オイルショックをきっかけに、LNGをつかう量はどんどんと増えていきました。